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冷静な男からあふれた熱【リベロがBクイック東京2020オリンピック編】

 

 

 どもっす! みなさんお久しぶりです。カメラマンの中川が書くコラム「リベロがBクイック」です。実は社内で異動があり、現在は月刊バレーボールカメラマン兼月バレ.com編集部員として働いております。そして、オリンピック期間中はFIVBのオフィシャルカメラマンとして、バレーボールを撮影しておりました。あの熱戦の日々から1ヶ月が経ち、ようやく通常営業に戻ってきております。それを振り返りながら、現場で感じたことなどをお伝えしていければと思います。今回はアナリストについてのお話です。

 

 

 

 皆さんはアナリストに対してどんなイメージを持っているでしょうか?

 

 バレーボールにおいて重要な仕事であることはすでに認知されており、スポーツアナリストという職業を有名にしたのはバレーボールのアナリストという部分も多分にあるように思います。僕自身はアナリストと聞けば、落ち着いていて大人しく、冷静な表情で淡々とパソコンにデータを打ち込んでいく姿をイメージします。Vリーグの撮影に行き、体育館2階の観客席の一部に設けられた席で、各チームのアナリストたちが試合を見つめながらブラインドタッチで黙々とデータを入力する姿を見ていても、コート上の激しさとは違い、静けさすら感じます。

 

 しかし、それが僕の勝手なイメージに過ぎなかったと知ったのは8月1日、男子予選ラウンド最終日イラン戦のときでした。その日のことを振り返ります。

 

 日本の予選ラウンド成績はここまで2勝2敗。この試合に勝てばバルセロナオリンピック以来となる29年ぶりの予選突破が決まる正真正銘の大一番です。

 

 対するイランはセッターのマルーフやオポジットのガフールなどのベテランとサレヒ、ミラッドなど勢いのある若手アウトサイドヒッターも出てきたアジアNo.1チーム。実際、今大会初戦には、2018年の世界選手権を制し、この大会のメダル候補だったポーランドをフルセットで破っている強敵です。

 

 この試合の第1セット、僕はコートエンド側の3階席で撮影することにしました。理由はいくつかありますが、その一つに、この日の大事な試合に冷静に入っていきたかったというものがありました。コートレベルで撮影する写真は選手との距離も近い分、撮影者である自分もその熱気を受けることがあります。過去にはその熱気に当てられ、熱くなってしまい、大事な時に撮るべきものが撮れなかった経験も。そんな理由から、コートから距離のあるところで冷静に撮り始めようと考えて、3階のアナリスト席の横にあるフォトグラファー席に腰を下ろしました。

 

冷静になるために第1セットの撮影はコート3階席から始まった

 

 試合が始まってすぐのことでした。

 

 「よしよしよし!」

 

 「そのままいけ!」

 

 日本が得点するたびに発せられる声が聞こえてきました。決して大きな声ではないですが、熱を帯びた力の入った声です。

 

 声の主は、行武広貴アナリストでした。彼はビデオカメラと繋げたパソコン、データをコート上のスタッフへ飛ばすために設置されたWi-Fiルーターなどを広げた机に座り、カタカタとデータ入力のためのタイピングをしながらも試合に合わせて声が出ていました。

 

 普段、試合会場などで行武アナリストとお会いして立ち話をしている時、その口調はとても落ち着いています。選手と一緒にはしゃぐ姿も見たことはありますが、どちらかといえば冷静で静かな印象を持っていました。しかし、そこで聞いている声には、勝利を願う気持ち、日本が得点することへの喜びや力強さがありました。正直、驚きました。これまで接している姿から、このように思いを口にしながら仕事されている姿を想像できなかったからです。

 

 コートから30m以上離れた3階席で、彼もまた選手とまったく同じ気持ちで戦っているのだと気付きました。

 

 ファインダーを覗く自分もその声につられて熱くなってしまいます。いや、つられたのではなく、その声によって熱くなってきたのです。

 

 

 「待て、待て、待て。冷静にだろう」

 

 と思う自分もいましたが、行武アナリストのその声を聞いたときに、熱くなってもいいのではないかとも思い直しました。Vリーグで過去10年間のうち、優勝5回準優勝4回を果たしている百戦錬磨のパナソニックパンサーズのアナリストがこれだけ熱くなっているのです。熱い言葉があふれてはいるが、きっと頭は冷静なはず。ならば熱い気持ちを持って、その上できちんと仕事することもできるのではないかと思いました。もちろん、人によっては声を出さずに気持ちを秘めたまま黙々と仕事する方もいるでしょう。

 

 ただ、この時の僕は、この声に惹かれるものがありました。普段は落ち着いた物腰の方からあふれたその言葉たちは熱を感じさせるものでした。戦いの舞台において発散される熱は、そこまで溜め込んでいた思いがあふれたからこそ、強いものであるように思いました。

 

 アナリストの仕事は試合中だけではありません。1日6試合ある予選ラウンドでアナリスト席に座り続けて、他の試合のデータも取っています。また、それらを分析してチームと共有するために、文字通り朝から晩まで準備すると聞きます。それを日本代表の活動のたびに繰り返し、準備し、きたるべき一戦に備えてきた日々の積み重ねが、いよいよ選手たちに託され、結果となって現れるのです。行武アナリストから発せられる言葉は、その準備で溜め込まれた熱のように感じました。

 

 その後、撮影ポジションを移動した僕はその声を聞けなくなってしまいましたが、日本はフルセットの大激闘の末、勝ちました。勝利の瞬間、選手たちは雄叫びを上げて喜び、しだいに歓喜の輪へと変わっていきました。石川主将はとびきりの笑顔を弾けさせ、中垣内監督は涙を流していました。試合終了後、恒例の選手スタッフも含めた集合写真を撮影し終わった頃でした。行武アナリストがコート内に駆け込んできたのです。もう一度全員の入った集合写真を撮ろうとしたけど、すでに散らばり始めた選手たちを集めることは叶いませんでした。行武さん、ごめんなさい。

 

 集合写真を撮影したコートとは反対のエンド側3階席からここまで走って来たであろう行武アナリストを見ながら、この人はやっぱり熱い人なのだと思いました。そして、次の試合で勝利したら、行武さんも入ってもらって集合写真を撮ろう、と心に誓ったのでした。

 

29年ぶりの予選突破を決めた男子日本代表。この3分後くらいにコート内に駆けてきた行武アナリストを目撃した

 

【写真:FIVB】

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