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5季ぶりV逸、1部昇格への挑戦。富士通が向き合った「楽しむこと」の本質〔後編〕

 V.LEAGUE DIVISION2 MEN(V2男子)の富士通カワサキレッドスピリッツには、20年ちかく受け継がれるDNAがある。「明るく、楽しく、そして強く」のスローガン。選手たちは常にその言葉を胸に頂き、コートに立ってきた。だが、2021-22シーズンはチームの置かれた状況が異なった。5シーズンぶりの準優勝に、V・チャレンジマッチ(入れ替え戦)への出場から、チームの戦いをひも解く

 

【前編】はコチラ

<V・チャレンジマッチでは初日で勝利し、V1昇格まであと一歩に迫った富士通カワサキレッドスピリッツ>

 

なぜ、コート上であれほどまで弾けるのか

 

 かつて、富士通が掲げる「明るく、楽しく、そして強く」を最もわかりやすく体現した選手がいた。2018-19シーズンで現役を引退するまで、チームの主力であり、キャプテンを務め、そして“顔”でもあった中川剛さん。現在は普及担当として携わり、ホームゲームでは応援団やネット配信における解説を手掛ける。

 

 中川さんといえば、オポジットとしての決定力もさることながら、その独特のパフォーマンスで見るものを魅了した。得点すれば、全身全霊で喜びを表現し、時にはギャグを交えたようなコミカルな動きを繰り出したこともある。本人からすれば、「1点1点の感情を、たくさんの人と共有したい」という思いがあり、それはリーグのカテゴリーやプレーレベル、また、選手の立場も関係ない“プロ意識”が生んだものだった。

 

「自分は会社に所属するサラリーマンですが、見ている方々からすればプロのバレーボール選手であることに変わりない」とは中川さんが口にした言葉だ。

 

 ともすれば、そうしたコミカルなパフォーマンスは見る人からすれば、“おふざけ”や“不真面目”に映るかもしれない。けれども、その中川さんの背中を見てきた今のメンバーたちは断言する。

 

 「暗いバレーボールをしていても、相手の脅威になりません。それに、ああやって楽しむことが、勝ちにつながると信じて僕たちはプレーしています。コート上の選手たちの姿を見て、ベンチも観客も喜んで一体になる。それが富士通のよさだと思います」(栁田百織キャプテン)

 

<得点シーンでコミカルな動きを繰り出す④栁田と⑦加藤大雄>

 

天皇杯と年明けの連敗で自分たちを見失っていた

 

 それができなかったのが、天皇杯ファイナルラウンドだった。V1との対戦機会も控える中、栁田は不安をのぞかせながら、いたずらっぽく笑った。

 

  「僕たちのチームはパフォーマンスをやっているときのほうが、ムードがいいんですよね。それを、天皇杯だったりV1のチームと戦うときに、同じテンションでやりきれるか。だって、(1回戦で勝てば)JT広島と対戦するわけですが、相手には(オーストラリア代表のトーマス・)エドガー選手もいるんですよ。

 V1でもやるの? と聞かれたら、やるよ!! って。自分たちらしさを出せるか、は戦ううえで大きな割合を占めています」

 

 ただ、現実は違った。大会2日目の2回戦。JT広島を相手に終始劣勢を強いられながらも、得点すれば、スキップし、はしゃぎ、コミカルなアクションを繰り出しはした。だが、それはあくまでも劣勢に置かれた自分たちが平静を装うためのものだった。

 

 「お客さんを楽しませるものではなく、自分たちの中だけで完結させてしまっていました。せっかくの有観客だったので、盛り上げられるようにできればよかった、と反省が残ります。でもね、やるのは勇気がいるんですよ(笑) 特に負けているときは。なかなかV2では味わえない感覚でした」(栁田)

 

<昨年末の天皇杯では持ち味のパフォーマンスも、どこか空回り>

 

 明るく、楽しく。そのベクトルが内に向いてしまっていた。失っていた“自分たちらしさ”への反省を残し、チームは年明けからはリーグ戦の上位勢との対戦に臨む。すると、そこで富士通は18-19シーズン以来、実に4年ぶりとなる連敗を喫した。

 

 特に、2敗目となった今年1月15日のヴォレアス北海道戦では逆転負け。最後の第4セットは体力的にも精神的にも“折れて”しまっていた。

 

 その日はホームゲームで、なおかつコロナ禍では稀少な有観客での開催だっただけに、その現実を山本道彦監督は重く受け止めていた。

 

 「監督としては、『よく戦った、次に向けて切り替えていこう』と。ですが、同時にチームのGMでもありますので、その立場からは『4セット目のようなウチらしくない姿は、お客さんたちに対して見せられたものではない。それでは、周りが認めてくれなくなるよ』と伝えました」

 

<今年1月15日のヴォレアス戦の負けが一つの転機に>

 

>>><次ページ>「楽しもう」。そのために必要なことは

<セッター⑱長谷山拓がリズミカルなトスワークで攻撃を組み立てる>

 

「楽しもう」。そのために必要なことは

 

 この連敗が転機になった。選手たちは再び、全力で戦うことの意味を再確認したのである。その中の一人、在籍2季目のエバデダン ジェフリー 宇意は振り返る。

 

 「負けてから気づくようではダメなのですが、やはりこれまでを振り返ると、仕事とバレーボールを両立するうえで、どこか甘えていた部分があったと痛感しました。例えば、仕事が大変だから、少し練習で手を抜こう、とか。

 ですが、チームのみんなはどれだけしんどくても、そのうえで勝つために何が必要かを必死で考えています。だからこそ僕自身は、それをいかにコート上で表現するかをこれからも考えながら取り組んでいきたいと思えるようになりました」

 

 2月26日から27日にかけて行われた今季最後のホームゲーム2連戦を勝利で飾ったあと、栁田もジェフリーの言葉にうなずくように、そして、残りのシーズンへの意気込みをこのように語った。

 

 「連敗したときに、会社の周りの方々から『残念だったね』と言われて、悲しい思いをさせてしまったと気づいたんです。やはり応援してもらうためには、仕事もバレーボールも頑張らないといけません。

 それに、今季はV1を目指す以上、プレッシャーもこれまでの比ではないですが、その重圧に負けないように、自分は楽しめたらなと思います」

 

 結果的にV・レギュラーシーズン最終戦でヴォレアスに敗れ、自己記録を更新するリーグ5連覇は達成できず、5季ぶりの2位に終わる。だが、自分たちのやるべきこと、そして富士通らしさとは何か。そこに対する迷いを振り払い、チームは4月9日のV・チャレンジマッチに臨んだのであった。

 

<ポイントゲッターの⑪浅野卓雅は「ともにV・チャレンジリーグⅠ(現・V2)時代に戦っていた相手だけに負けたくない」と、大分三好戦へ強い思いで臨んだ>

 

V・チャレンジマッチの先に見えた、次なるステージ

 

「より楽しみたい、より楽しまないといけない、と思ったシーズンでした。プレッシャーもたくさんあったし、いちばん怖かったシーズンではあるんですけど、その分、いちばん勝ちたいシーズンだったし、勝たないといけないシーズンでした。だからこそ『いちばん楽しまないと!!』と思って臨みました。

 これはプレッシャーのかかる試合になるほど、忘れがちなんです。V・レギュラーシーズンの最終戦(対ヴォレアス)はまさにそう。自分が楽しむ準備と、周りを楽しませる準備が必要だと実感しました」

 

 シーズンを終えて、栁田はしみじみと胸の内を明かした。V1のステージが現実的なものになった今、“富士通のバレー”でV1のチームと勝負できることを証明したかった。そして、自分たちのバレーを発揮するためにも、しっかりと対策を講じ、コート上では全力で弾けた。

 

<セット間のコートチェンジ時も栁田はファンの声援に応えた>

 

 大分三好と対戦し、勝ち星を奪った4月9日。敗れても競り合いまで持ち込んだ翌10日。この2日間の彼らはコミカルなパフォーマンスを繰り出し、とびきりの笑顔を観客席に向けて送っていたのである。「いちばん、自分たちらしさを出せたと思います」とキャプテンが胸を張るのも納得だった。

 

 そして、試合中もセット間のコートチェンジでも応援するファンへ常に何かしらのアクションを起こしていた栁田自身は、新たな感覚を覚えていた。

 

「選手として、さらに一段階上の可能性を感じることができたんです。特に2日目の第3セット(36-34で富士通が奪取)。勝負のかかった場面で僕自身、周りを盛り上げながらも、闘志をプレーにぶつけることができました。いちばん緊張がかかる局面で最も得点率が高かったことも、自分の中では、さらに一つ上のステージがあると思えた要因です。

 もっともっと自分はできるし、もっともっと楽しませることができる。この先がある、と思えました」

 

 これまでと違うシーズンで味わった苦悩や手応えを胸に、来季はきっとまた一味違う姿を見せてくれるに違いない。それでも、「明るく、楽しく、そして強く」はこれからも富士通カワサキレッドスピリッツそのものであり続ける。

 

<来季はどんな姿を見せてくれるだろうか>

 

(文・写真/坂口功将〔編集部〕 写真〔天皇杯〕/中川和泉〔NBP〕)

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