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中学選抜の紅野花歩は「バレーが嫌いだった」。190㎝の有望選手を変えた日の丸での経験とは

 バレーボールの中学生世代の強化事業は、今年2月の全国中学生選抜(以下、全中選抜)の海外遠征をもって終了。令和5年度の中学3年生たちは春から高校のステージに上がる。その中でも、この1年で「見違えるように変わった」という声が聞かれるのが、紅野花歩(八王子実践中〔東京〕3年)である。

 

紅野花歩(こうの・かほ/八王子実践中〔東京〕3年/身長190㎝/ミドルブロッカー)

 

 

静岡出身。強豪校には「行く気がなかった」という紅野花歩

 

 もし近い将来、紅野花歩という名前が、本人にとっての目標でもあるシニアの日本代表に並んだとき、きっと2023年がターニングポイントだったと言えるに違いない。それは本人も、そして彼女を見てきた周囲も口をそろえるはずだ。

 

 静岡県伊豆の国市出身。バレーボールは小学5年生から、学校の友人がやっていたこと、また『ハイキュー!!』を見ていた影響もあって始めた。けれども、活動は週2回ほど、それも一回の練習時間は2時間程度であり、地区大会では下位の成績がもっぱら。趣味は「寝ること」で、のんびりした性格。それでも紅野には武器があった。小学6年生で、身長は182㎝もあったのである。

 

 そんなポテンシャルを評価し、東京の名門・八王子実践中がスカウトに足を運び、紅野本人いわく「練習に一回も行かずに」進学を決意する。

 

「もともと、行く気は全然なかったんですけどね。正直、親元を離れるのが怖かったですし、小学校の友だちと離れるのが嫌だったので。けれども、私に対して『身長が高いだけでしょ』という声もあって、それを見返したい気持ちで強豪に行くことに決めました」

 

昨年末のJOC杯東京都選抜に選ばれ、主力を担った

 

ふさぎこみ、競技への意欲もなかった中学生活序盤

 

 とはいえ、小学生時代に経験したレベルと、全国大会常連の中学では雲泥の差。同級生の米谷かおりは当時の姿をこのように振り返る。

 

1年生の頃はサーブもスパイクも打てず、ネットにかかったり。レシーブもできなくて、ほんとうにダメダメだったんですよ。それに、本人はバレーボールが大嫌いでしたね」

 

 紅野自身も、それは認めるところだ。「体型が細いので、ひょろひょろしているように見えるだけに、『もっときびきび動け』とか(笑) 怒られたことも初めてだったので…」。越境のため寮生活であり、なおかつレベルの差をまざまざと味わう。そんな紅野だったが、悩んだときには家族に電話し、米谷らチームメートからは「3年間あるし、成長できるよ」と励ましの言葉を受けて、涙しながら中学生活を過ごす。

 

「先生もずっと怒るだけではなくて、アドバイスをくれたり、褒めてくれたりしたので、少しずつ乗り越えることができました」

 

 ただ、経験不足や自信のなさもあっただろう。2022年秋、中学2年生で全中選抜の第一次合宿に参加した際には、その場の空気に耐えられず体調を崩した。アンダーエイジカテゴリー日本代表の候補選手として選考強化合宿に加わっても、まるで言葉を発することはなかった。

高さを生かしたプレーが真価を発揮しだしたのは中学3年生からだった

アジア女子U16選手権大会で自分の殻を破った

コート内で女子U16日本代表をともにした工藤光莉(尾上中〔青森〕3年)と言葉を交わす

 

 

 

アジア女子U16選手権大会で自分の殻を破った

 最大の転機となったのは昨年の1回アジア女子U16選手権大会。事前合宿ですら「話しかけられない感じで、とにかくしゃべらなかった」とは同学年の忠願寺莉桜(稙田南中〔大分〕3年)の証言だ。けれども大会の開催地である中国に行った瞬間に、人が変わった。その理由は−。

 

「大会に入って、チームメートやスタッフの方々に『何を言ってもいいから、自分の思っていることを伝えてみよう』と促されて。そこで初めて自分から話すようにしたんです。すると、自分のプレーがどんどんよくなっているのを実感しました」

 

 紅野は全試合スタメンで起用され、結果として大会の優勝に貢献した。そのパフォーマンスを後押ししたのが、自分から発信するというアクションだったのである。加えて、チームとしても言葉を発することはテーマでもあった。

 

「言われると力が入る、“パワーワード”をみんなで決めていたんですよ。それをリストアップして、試合中にかけあう。私の場合は、周りから“わかめ”と呼ばれていて、『わかめ、いけるよ!!』と言ってもらうと、とても背中を押される感じがしたので(笑) ずっと言ってもらっていました」

 

忠願寺(左)も厚い信頼を寄せていた(写真は令和5年度全中の海外遠征)

 

仲間がうらやむほどの急成長ぶり

 

 アンダーエイジカテゴリー日本代表で自らの成長を体感したことが、いちばんの収穫だった。プレーに関しても、190㎝の身長と打点の高さを生かしたアタックを習得。コミュニケーション力のアップに加えて、バレーボールに対する意欲も高まった。その姿に周囲は驚きと感動を覚えた。

 

「練習や試合でも『これはこうなんじゃない?』『これはもっともっとこうしたほうがいい』という会話がどんどん出てきたんです。それにふだんの学校生活でも、iPadで見ているのがバレーボールのニュースや動画になっていて。それまではそんなことがなかったので、『成長したぁ』と感動しました」(米谷)

 

 見違える様子に、チームメートの中には、成長をうらやみ、悔しさのあまり涙する選手もいたという。今年度の全中選抜で女子チームの監督を務め、(公財)日本中学校体育連盟バレーボール競技部強化委員会の青木慎太郎先生(品川学園中〔東京〕)は明かす。

 

「変わっていく彼女の姿を見て、八王子実践中の部員は『自分も頑張ろう、と思いました』と口にしていましたから。

 

 私が彼女を初めて見たのは1年生時の都大会。観客席で応援している姿に『あんなに大きいのに、どうしてだろう?』と思っていました。そこから合宿を重ねるたびに、目の輝きが増していきましたね」

 

八王子実践中、JOC杯東京都選抜、そして全中選抜と一緒に過ごした①米谷は紅野の成長を喜んだ一人

 

第二次合宿では積極的な姿が見られた全中選抜

全中選抜女子の最長身選手として前衛で存在感を放った

 

 

 

第二次合宿では積極的な姿が見られた全中選抜。いざ本番は…

 

 やがて昨年末のJOCジュニアオリンピックカップ第37回全国都道府県対抗中学大会で次世代有望選手に選出。全中選抜の海外遠征メンバーにも選ばれた。

 

 その第二次合宿では、ミーティングや練習の合間も積極的に発言する紅野の姿が。そのチームでキャプテンを務める忠願寺も「(紅野)花歩からもたくさん提案してくれますし、今では私から『副キャプテンをやってほしい』と言えるくらい、とても信頼しています。ほんとうに花歩の成長には、びっくりです」と目を丸くした。

 

 そうして臨んだ海外遠征本番。意気揚々とイタリアにやってくると思いきや、現地について2日目、クラブイタリアとの親善試合を前に紅野は涙していた。その横に付き添いアドバイスを送っていた、女子U16日本代表監督の三枝大地氏は指摘する。

 

「まだまだ自分のことしか見ていないんですね。自分のプレーがうまくいかないと、『あぁ…』となってしまい、それが表情に出てしまう。それは周りにも影響を与えてしまうものですから」

 

クラブイタリアとの試合直前、涙する紅野にアドバイスを送る三枝氏

 

遠征最後のミーティングで、仲間を前に立てた誓い

 

 意欲的に取り組めるようになった姿は、周りにとって刺激にもなった。それはカテゴリーを問わず、日本代表のようにトップをいくものたちが持つ“影響力”といえるだろう。紅野自身も日の丸をつけるプレーヤーとして身にまとい始めた。だからこそ、次のステップに進む必要がある、というわけだ。

 

「満足している部分はあると思います。ですが、うまくいくようになったからこそ、その先にいかなければ。自分のプレーをこう伸ばしたい、という思いがあるからこそ成長するんですね。アタックに関しても今はただ『打ちたい』しかない。今後は『どうやれば、これが打てるようになるか』を本人の中で明確する必要があります。その信念を持ってもらいたい」(三枝氏)

 

 遠征の最中、紅野は「ずっと号泣していますよ」とこぼした。それはきっと「バレーボールが嫌いだった」頃に流していた涙とは違う。自分と向き合った時に湧き上がるのは、成長への意欲だ。

 

 全中選抜女子がイタリアで設けた最後のミーティングで、紅野は全員を前に「もっともっと強くなります」と力強く口にした。そのとき着ていたスウェットパーカーの背中にはローマ字で「TSUYOKUNARU」の言葉が。偶然か、それとも彼女なりの意思表示か。その誓いとともに、紅野のバレーボール人生はこれからも続く。

 

(文・写真/坂口功将)

 

遠征最後のミーティングで力強く、さらなる成長を誓った

 

 

全中選抜海外遠征の模様は「月刊バレーボール」4月号に掲載!!

 

【ギャラリー】190㎝の将来有望選手 紅野花歩の海外遠征での様子〔10点〕

 

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