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富田将馬を支えた恩師の存在。中学に部活がなかった少年をつなぎとめた2人だけのパス

  • V1
  • 2022.06.27

 昨季のVリーグでは東レアローズの主力を張り、レシーブ賞にも輝いた富田将馬。今年度は男子日本代表に帯同し、出場機会をつかんでいる。その富田の成長を支え、今も熱いまなざしで見守る恩師がいた。

<富田将馬(とみた・しょうま)/1997年6月20日生まれ/身長190㎝/最高到達点345㎝/東山高〔京都〕→中央大→東レアローズ>

 

中学時代は陸上競技部だった富田

 

 小学4年生からバレーボールを始め、中学時代は東レアローズのジュニアチームである「アローズジュニア」で、高校は京都の名門・東山高、大学は強豪・中央大でプレーしてきた富田。一見すれば、着実にキャリアを積んできたように思えるが、実のところ一度は競技を離れ、学業に専念しようと考えた時期もあったという。中学時代の記憶を、富田はこう振り返る。

 

 「地元に、バレーボールに力を入れているチームがなかったんです。部活もなかったので、中学で競技を続けるのは難しいかなと思っていました。心の中ではずっと、バレーボールをやるんだという思いを持っていたのですが…」

 

 バレーボールを始めたときから、ボールを落とさずにつなぐというチームスポーツである点に魅力を感じた。体力づくりのために、と中学では陸上競技部に入部したが、その思いはゆるがない。そんな富田に声をかけたのが、結果的にアローズジュニアで“師弟関係”を結ぶことになる、渡邉秀一さんだった。

 

<長年、アローズジュニアで指導に携わる渡邉さん(左/写真は2021 Vリーグジュニア選手権Bブロック大会)>

 

「とにかく素直でまじめだった」(渡邉さん)

 

 きっかけは富田の母親からの相談だった。静岡県三島市のクラブチームに所属していた小学生時代の富田のことを、その当時から渡邉さんは知っていたが、聞けば中学にバレーボール部がない。渡邉さんは出身である日大三島高の卒業生たちによる「東桜倶楽部(とうおうクラブ)」というチームをつくって三島市で活動しており、そこでの「練習に参加させてもらえませんか?」という連絡があったのだ。

 

 東桜倶楽部自体は中学生世代のチームではなく、都合のあう大人が集まっては練習するというもの。そこに中学生の富田を迎え入れた。渡邉さんは当時を懐かしむ。

 

 「そんなに多くを語らない子どもでした(笑) ですが、私が指導してきた教え子の中でも、いちばんまじめ。アドバイスをすれば、それを素直に受け止めて、ひたむきに取り組んでいた印象です。

 

 体の線は細かったですし、それこそオーバーパスもできなくて、キャッチ(ホールディング)のようなかたちになっていました。スパイクも強く打てていませんでしたし…。ただ、体の使い方はすごく上手でしたね」

 

 練習は週に1度。それも東桜倶楽部が体育館を使用するのは夜の7時半から9時半の2時間ほどだったが、そこに通う時間こそが、中学に部活がない富田にとって「バレーボールを続けるきっかけ」となるには十分だった。

 

<2019年11月取材時、アローズジュニアの練習に足を運んだ富田は後輩たちの質問にたじたじ>

 

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