新人選手で唯一、天皇杯のコートに立った山﨑真裕
バレーボールの「令和7年度天皇杯 全日本選手権大会」で4大会ぶり3度目の優勝を果たしたウルフドッグス名古屋。MVPに輝いたオポジットの宮浦健人やエースアタッカーの水町泰杜、ベテランセッターの深津英臣らがチームをけん引するなかでミドルブロッカーの山﨑真裕はルーキーから唯一、大会で出場機会を与えられた。
主な起用方法はリリーフサーバー。初戦の3回戦(12月13日/vs.Reve’s栃木)からさっそくコートに立ち、アップゾーンからは「マサ(山﨑)、走れ!! 走れ!!」という温かいエールが注がれる。だが本人の耳には届いていなかった。
「緊張していました。外の声は聞こえていなかったです。というのも、自分のやることは決まっているだけに、それを頭の中で常に確認していたので…」
無理もない。内定選手時代の昨季は出場機会がなく、この2025-26シーズンがルーキーイヤー。それでも今や、山﨑のサーブは立派な戦術の一つとなっている。
転機となったのは天皇杯のおよそ2週間前、11月29日にホームアリーナのエントリオ(豊田合成記念体育館/愛知)で行われた2025-26 大同生命SVリーグのレギュラーシーズン第6節(vs.ヴォレアス北海道)のGAME1だ。フルセットにもつれたこの試合で山﨑は最終第5セット、15-14の場面でリリーフサーバーとして送り込まれると、しっかりとサーブを相手コートに放ち、最終的には味方のブロックシャットをお膳立てする。ビクトリーポイントの立役者となり、歓喜の輪の中で先輩たちから祝福を受けた。
「努力が報われたね」。第6節後のオフ明けにかけられた言葉
山﨑は振り返る。
「ここでサービスエースを決めたらヒーローになれる、という気持ちでコートに入りました。しっかりとサーブを打ちきれたことがよかったです。それに、あの場面で託してくれたことで、監督から信頼されていると感じたので個人的にはうれしかったです」
本人いわく「サーブ練習には力を入れてきたので自信はあった」。そうしてリリーフサーバーのポジションを確立したのが、この日だった。
翌日のGAME2ではサーバーのみならずセット開始時からミドルブロッカーとしてコートに立ち、早々に力強いアタックでも得点を上げた山﨑。その第6節後のオフ明けの練習日、37歳のベテランリベロ、渡辺俊介から声をかけられている。
「努力が報われたね」
その言葉に山﨑の胸ははずんだ。
「そうやって自分の姿を見てもらえているのがうれしい。ほんとうにありがたい存在です」
実際、第6節のGAME2では2人そろってPOMに選出。試合のタイトルスポンサーである名古屋銀行の法被(はっぴ)を着て、コートインタビューに登壇している。ただし山﨑が、渡辺の存在の大きさを実感したのは、そのさらに1ヵ月前のことだった。
試合の開催日も自主練習に励むまでに。「常に向上心を持って過ごせている」と話すわけ
10月25日にホームで開幕した2025-26 大同生命SVリーグのレギュラーシーズン。広島サンダーズを迎えたその第1節、山﨑はベンチアウトになった。外からゲームをながめることに終始したのち、試合後には食事とチームミーティングを経て、山﨑はロッカールームで仲間と少しばかり談笑していた。なんてことのない時間の過ごし方だ。ただ、トレーニングに励む選手がいたことも事実。
やがてウエイトルームに足を運んだ際、山﨑は渡辺に呼びとめられた。
「しゃべるのもいいけれど。おまえ、バレーボールしにきてんだろ?」
14歳年上のベテランから投げかけられた言葉は痛烈で、けれども確かな熱を帯びていた。
「そのとき俊介さんからは『選手生命はそんなに長くないから、後悔のないように』という話をしていただきました。そこでさっそく次の日の朝からエントリオで自主練習をすることにしたんです。シンさん(早坂心之介)さんに『練習をしたいんですけど…』と伝えたら、『いいよ。オレもやりたかったし』と快諾していただき、GAME2の午前中に2人でコンビを合わせました。結果的に、その日はベンチに入らせてもらい、出番はなかったですけれど、ユニフォームを着られたこと自体がうれしかったです。とはいえ、まだまだ満足はできなかったので、試合に出たい気持ちがいっそう強くなりました」
シーズンが始まってまもない頃、山﨑はあらためて口にしていた。
「俊介さんが熱い言葉をかけてくれるので、自分は気持ちを腐らせることなく、常に向上心を持って過ごせています」と。
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「僕も試合に出たいから努力している。そこに年齢は関係ない」と渡辺
もしかしたら開幕戦のベンチアウトを素直に受け止めるだけに終わっていたかもしれないルーキーを奮い立たせた、ベテランからの喝に似た問いかけ。
渡辺にその真意を聞くと、「いやいや、喝なんて入れてないですよ」と否定した。そこにあったのは年長者という立場からの若手選手に向けた助言のたぐいではなく、あくまで同じ目線での意識の共有だった。
「そういうことをやってやろう、という思いは特にないんです。ただ、『試合に出るために。巡ってきたチャンスで力を発揮するために。努力はできているかい?』とは自分にも周りにも常に問いかけていたいだけ。僕も試合に出たいから努力をしていますし、そこに年齢の上下は関係ありませんから。
その点に関して僕はたとえ仲間が年下であっても、同じスタンスでいますし、同じ目線で話ができているかと思います。確かに年が離れているので、そう言われたら怖いかもしれませんが、そこは『オレも選手だし、おまえも選手だし』とね。
こうして年齢が上になるほど実感するんです。選手内で、いい関係性が構築できているとチームにとっていい効果が生まれるのだと。なので、その意識は持ちながら過ごしています。ただし自分も、もっともっといいプレーをしなければ」
渡辺自身は順天堂大を卒業後、2011年から東レアローズ(現在の東レアローズ静岡)で社会人選手としてのキャリアを歩み始めた。
「自分が若手の頃はどうでしょう…。自分では取り組んでいるつもりでいましたが、周りからは『全然足りてないな』と見られていたかもしれませんし、自己満足に終わっていたかも。ですが試合に出たい気持ちは強かったので、当時はただ必死に食らいついていました」
2024-25シーズンからWD名古屋に加入した渡辺が試合前に見せる姿
やがてプロ選手として海外リーグや、当時国内2部を戦っていたヴォレアスでプレーし、2024-25シーズンからWD名古屋に加入した。そこでは試合が始まる前から汗が噴き出るほどに顔を真っ赤にさせ、誰よりも入念に体を動かす渡辺の姿があった。それは本人からすれば、試合で最大のパフォーマンスを発揮するための準備に過ぎない。一方で、こんな思いを明かしていた。
「何のためにやっているかと聞かれれば、『これが仕事だから』なんです。自分のコンディションをマックスに持っていかなければいけないので。
周りから『めちゃくちゃ準備しているな』と感じてもらえたり、WD名古屋のファンから『こんな選手がいるんだ』と注目してもらえたらうれしいです。それに、これは特に若い選手たちに届いてくれたらと願っています。『なんで、この人はこんなにアップしているのだろう?』とね」
キャリアや実績がどうであれ、一人の選手として自分がやるべきことの一つ。それを周りがどう受け取るかはわからない。けれども若手選手に響いたのであれば、ベテランであることに一つの価値が見いだされ、同時に、チームにとっての財産となる。今の渡辺がまさにそうだ。
天皇杯を戦い終えて、渡辺が口にした言葉
今年の天皇杯で、ルーキーながら戦術の一つをまっとうした山﨑の姿を渡辺はこのように評価した。
「彼が努力している姿を見ているので、出番が増えてきたのも必然だと感じます。やるべきことをやっていますし、それは新人選手の中でもいちばんと言えるほど。だからこそ、おのずとチャンスはあるし、それをものにしている。素晴らしいと思います。この先もチームにとって間違いなく強みになるでしょう。
ですが、本人も満足していないと思うので、もっともっとプレー時間が増えるように継続しなければなりません。それでも僕が新人の頃と比べると、素直にすごいなと感じます」
山﨑真裕はバレーボール選手の顔つきになってきたか。決勝を終えて、渡辺にたずねてみる。「うん、そうですね」とうなずき、こう続けた。
「今回のような大舞台で実際にプレーして初めて得られることは間違いなくあります。それを味わえたことは本人にとって、とても大きかったはず。
やっぱりね…。チャンスは平等ではないですから」
試合に出るために。巡ってきたチャンスで力を発揮するために。努力はできているかい?
渡辺が最後に口にした言葉は、自分自身に問いかけているように聞こえた。
(文/坂口功将 写真/WOLFDOGS NAGOYA)
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