大塚達宣、エゴを御した先にあった「総合力」 苦手だった“1本のサーブ”でアジアの頂点へ
- 日本代表
- 2026.09.16
背番号5が選手交代ゾーンに姿を現した瞬間、アリーナのボルテージが一気に跳ね上がる。「たっちゃん、頑張れー!」。観客席から飛ぶ無数の声援と手拍子が、重苦しくなりかけた会場の空気を一瞬でポジティブな熱狂へと塗り替えていく。
買取大吉 アジア男子バレーボール選手権大会 福岡2026。男子日本代表は、初戦のオマーンとの対戦で落とした1セット以外はすべてストレート勝ちという圧倒的な強さでアジアの頂点に立ち、LA28の出場権を手に入れた。
だが、その戦績とは裏腹に、決して平穏な戦いばかりだったわけではない。アジア各国からの徹底的なマークにさらされた主将の石川祐希が準決勝の韓国戦で転倒し、左ヒザを痛める様子を見せるなど、コート上には何度も張り詰めた空気が漂った。 しかし、そんな苦しい場面で投入されるゲームチェンジャーたちが、しっかりと役割を果たしたことこそが今年の日本の強さだった。嫌な流れを断ち切り、会場ごと味方につけて日本の強さを決定づけた一人が大塚達宣だ。
コートに入れば、効果の高いサーブで1本目を乱す。そこから相手の攻撃を泥臭くレシーブし、レフトからは迷いなくライン際へと叩き込む。数字に残る得点以上に、コート上の仲間を鼓舞し続けたその存在感。だが、この勝負強さの裏には、大会直前の合宿で彼がぽつりと漏らしていた意外な本音があった。
欠かせないピースとしてアジア選手権の優勝に貢献【写真:佐々木啓次】
苦手だった「1本勝負」と
エゴのコントロール
8月に行われた、薩摩川内市(鹿児島)での合宿。練習を終えた大塚は、苦笑いを浮かべながらこう明かしていた。
「正直、リリーフサーバーという立ち位置は、僕めちゃくちゃ苦手だったんですよね。『1本のサーブで結果を示せ』というのが苦手なタイプだったので」 代表7年目。中堅と呼ばれる年次に入りながら、11月で26歳になる彼は、チーム内では甲斐優斗、髙橋藍に次いで「下から3番目」の若手でもある。主将の石川や髙橋という存在が君臨するアウトサイドヒッター陣において、大塚がコートに長く留まる機会は決して多くない。「長くコートに入ってリズムをつくるタイプ」を自認する彼にとって、体が温まりきらないベンチからいきなり送り出され、たった1本のサーブで結果を求められる仕事は、酷な役割だった。
転機となったのは、ネーションズリーグ(VNL)で導入された交代枠「1セットに8回まで」という試行ルールだった(従来は6回まで)。ベンチから戦況を観察していた大塚は、監督が後衛のミドルブロッカーに代えてリリーフサーバーを投入するパターンを多用していることに着目する。
当時、ベンチに控えるアウトサイドヒッターは自身を含めて3人。スタメンが崩れない限り、コートに立つにはその「サーブの1枠」しかない。
「少しでも多く長くコートに立つためには、毎セット呼んでもらえる選手になるしかない」
そう考えた大塚は、生き残るためにリリーフサーバーという役割への苦手意識を克服すべく、サーブの強化へと舵を切った。
日々の練習で泥臭く鍛錬を重ね、確かな手応えをつかんでいく。自分で「ここは自信を持っていける」と言えるプレーが増えたからこそ、心の奥でアスリートとしての欲が頭をもたげた。
「試合の中で『ここで入って(自分が)やってやりたいな』と思ってしまう場面もあるし、そのエゴを持つこと自体は大事だと思うんです。でも僕自身、途中出場で入る場面でそのエゴを出しているときは、あまりうまくいかないこともわかっている。もう6年ぐらい、ずっとその立ち位置でやっているので」
日本代表では主に控えとして過ごしてきた6年間で味わった、数々の苦い経験。だからこそ、試合中は「やってやりたい」という欲を一切捨て、今チームのためにやるべきことだけに集中する。
「自分はすごくパワーがあるタイプでも、高さがあるタイプでもない。正直、そんなにエースを取れるサーブでもないんです。だけど、しっかり相手の嫌なところに打って崩して、ディフェンスをして、チームの士気を上げる。そうやって総合力で1点ブレイクを取りにいこうと」
VNLの後半、狙い通りにサーブからブレイクポイントをもぎ取る場面が目に見えて増えていった。そのとき、大塚の心の中に確かな光が差した。
「『こういうかたちのリリーフサーバーでやっていけばいいんだ』と思えた。また一つ、新しい自分の武器というか、できることが増えたな、って」
苦手から逃げず、エゴと向き合い、泥臭く自分の役割を切り開いたからこその確信だった。
ベンチでは準備のかたわら、コートへエネルギーを送り続けた【写真:佐々木啓次】
「どこにいても365日バレーをする」
イタリアで得た自立と刺激
コート上でどこまでも腹をくくって戦える理由をひも解くと、大塚の根本にあるバレーボール観にいきつく。
2024年から挑んでいるイタリア・セリエAでの日々について尋ねたときのことだ。大塚は気負う様子もなく、こう話していた。
「イタリアでプレーしているのは、別に代表のためではないですから。自分のバレー人生で考えたら、年がら年中、365日バレーをしていることには変わりなくて。それが日本でしているのか、イタリアでしているのかというだけで。いろいろな環境でバレーをできるのはいちばんうれしいし、間違いなく僕のバレー人生が豊かになっているなと思います」
異国の地で味わった言葉や生活の苦労も、代表のコートで背負う極限のプレッシャーも、すべては一人の選手として大きくなるための糧。そう腹の底で受け止めているからこそ、どんな重圧のかかる場面でも、大塚の足元は揺らがない。
何より日本を飛び出したことで得られる刺激そのものを、彼は少年のような表情でおもしろがっていた。
「日本にいたら、どうしても生活も環境も当たり前になってしまって、新しい刺激を受ける経験はそれほど多くないじゃないですか。でもイタリアに行ったら、言葉が通じたとか、生活のことが一つ自分でできたとか、幼いころに味わっていたような刺激をこの年齢になってもう一度味わえている。それがほんとうに楽しいんです」
その異国での経験は、代表チームでも生きている。パナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)時代からよく知るロラン・ティリ監督とも、今ではイタリア語を交えて通訳なしで細かいニュアンスを伝え合えるようになり、いい距離感となっている。フランス語とイタリア語をメインで話すティリ監督と、直接コミュニケーションをとれるようになったことに対しても「一つの成長だと思っている」と語る。
薩摩川内合宿の練習中、指揮官から熱の入った指示が飛ぶなかで、大塚の名前がコート越しに呼ばれる場面があった。練習後、その場面について水を向けると、大塚は苦笑いしながら屈託なくこう明かしてくれた。
「パナソニックのときからいつも名指しされるんですよ。僕と(エバデダン)ラリーはいつも言われるんです。『もっとアグレッシブにいけるんじゃない? 特に大塚』って(笑)」
パナソニック時代から培ってきた厚い信頼関係があるからこそ、指揮官からの要求も前向きに受け止め、貪欲に自分を磨くエネルギーへと変えていく。
薩摩川内合宿にて。笑顔でムードを盛り上げる
託された重責
アジアの頂で見せた「総合力」
負ければそこで終わりの一発勝負、決勝トーナメント。
「トーナメント戦だからこそ、フルセットになろうが何点差がつこうが、最後の1点を取るまで全員でハードワークし続ける」
予選最終日にそう言葉にしていた大塚の覚悟が、大舞台で試される瞬間が訪れた。
準決勝の韓国戦。第3セットで石川が左ヒザを痛めたような様子を見せ、14―9でコートを退くと、代役として大塚が送り出された。動揺が広がりかねない張り詰めた空気の中、堅実なプレーを重ねると、終盤には狙い澄ましたサーブを突き刺してサービスエースを奪取。チームに再び勢いをもたらし、ストレート勝利へと導いた。
そして、翌日に迎えたイランとの決勝。勝負の潮目を決定づけたのも、大塚の右腕だった。
第1セット終盤、20-19と1点差に迫られた場面でリリーフサーバーとしてコートへ入る。大塚のサーブからエバデダンの速攻が決まってリードを広げると、相手のミスを誘い、続くサーブではイランのリベロと後衛を交錯させてサービスエースをもぎ取る。3連続ブレイクを演出し、一気にセットの主導権を握った。
第2セットも、22-22という緊迫した場面で投入される。大塚が後衛のアウトサイドヒッターを狙って鋭いサーブを打ち込むと、しっかりとレシーブされたものの、バックライトから豪快に打ち込んできた相手オポジットのコースをエバデダンが完全にシャットアウト。狙い通りのブロックポイントで、勝ち越しに成功した。
ただエースを狙うだけではない。嫌なコースへ打ち込んで相手の陣形を狂わせ、ディフェンスを機能させ、コートの士気を跳ね上げる。薩摩川内で自らに課していた「総合力で1点ブレイクを奪う」スタイルを、アジアの頂点を決める極限のコートで結実させてみせた。
誰がコートに入っても、その役割を迷いなく遂行できる。大塚自身、このチームの強さの理由をこう語っていた。
「ベースはあまり変わらないメンバーでずっとここまできているので、チームの成熟具合は年々高まってきている。多少メンバーが変わることもありますが、しっかり『自分たちのバレーはこう』という軸がブレずにハッキリしたものがあるから、かたちになっているんだと思います」
コートに立つ者も、ベンチで機を伺う者も、全員が「自分たちのバレー」を信じてそれぞれの持ち場をまっとうしたからこそ手繰り寄せた、アジアの頂点だった。
バックアタックを放つ大塚。挑戦は続く
変わらない軸を胸に、次のコートへ
優勝から一夜明けた9月14日に東京で行われた記者会見。LA28出場権の獲得に安堵と歓喜が広がるなかでも、大塚の言葉には薩摩川内の合宿から続く軸がそのまま息づいていた。
「オリンピックが決まったことで、チームとしてはここからの2年間を、幅を持って過ごせると思います。でも、僕自身にとっては毎日ほんとうに一日一日を大切にして、全力を尽くして自分を高めるだけ。やることは変わらないと思うので、そこだけを考えてこれからもやっていきたい」
大舞台で結果を残し、周囲がどれだけ沸き立とうと、本人の見据える景色は変わらないのだろう。年がら年中、365日大好きなバレーボールに向き合える日々に感謝し、目の前の一日を誰よりも楽しそうにおもしろがる。次に控えるアジア競技大会も、そんな大塚にとっては新たな刺激に満ちた舞台だ。石川や髙橋藍が不在となる今大会では、リリーフサーバーではなく主力としてチームをけん引する立場での戦いが待っている。
「また違うメンバー、違う立ち位置で緊張感ある試合に臨めるのがうれしい」
背負う役割や環境が変わることも、大塚は前向きな挑戦として受け止めていた。そして、アジア競技大会での戦いを終えれば、再び世界最高峰のイタリア・セリエAへと渡る日々が待っている。
代表でも、海を渡ったイタリアでも。背負う立場やユニフォームが変わっても、コートに向かう心根はどこまでもシンプルだ。大塚達宣は屈託のない笑顔を浮かべ、また次のコートへと向かっていく。
取材/フジサキヒロ
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