内定取消し、東山高から運命の電話、そしてサッカー部の監督⁉ 福岡大附大濠高の前園洋行監督が春高をつかむまで【インタビュー後編】
- 高校生
- 2026.01.04
第78回全日本バレーボール高等学校選手権大会(春高)が1月5日(月)に東京体育館(東京都渋谷区)で開幕する。各チームは、どんな歩みで集大成の舞台を迎えるのか。春高県予選決勝で、今季2度の全国ベスト4入りを果たした東福岡高を下し、15年ぶりの本戦出場を決めた福岡大附大濠高(福岡)。前園洋行監督のインタビューを2回にわたってお届けする。後編では、東山高(京都)でもコーチを務めた指揮官の、これまでの指導者人生を振り返る
春高県予選優勝から5日後。前園監督(右端)は、選手たちへ本戦に向けた心の持ちようを伝えた
――2022年に母校の福岡大附大濠高にコーチとして戻ってこられましたが、これまでの経歴を教えてください
高校卒業後は福岡大学に進学しましたが、そこには二つの理由があります。今でもよく覚えているのは、進路を考えていた際に、大賀俊信先生(恩師)から「日体大か、中央大学か」と勧めていただいたことです。どちらも当時の自分にとっては雲の上のような存在で、ほんとうにありがたい言葉でした。
ただ、その時期に母は、私が10歳のころから大病を患っており、「できる限りそばで過ごしたい」「看取りたい」という思いが強くありました。そうした事情から、病院にも通える環境を考え、福岡大学への進学を決めました。母は私が20歳の時に亡くなりましたが、今回の結果は、きっと喜んでくれていると思います。
もう一つの理由は、福岡大学の1学年先輩に、現在は大阪ブルテオンでコーチをされている白澤健児さんがいらっしゃったことです。信頼できる先輩方がいる環境だったこともあり、福岡大学への進学を決断する大きな後押しになりました。加えて、当時から現在の福岡大学男子バレーボール部監督である牛原信次監督ともよくお話をさせていただいており、とても気さくで紳士的なお人柄に触れる中で、「この方のもとなら、安心して競技と向き合える」と感じられたことも、大学選びの大きな理由でした。
そういった経緯もあり、福岡大学を卒業したあとは、できるだけ早く教員になりたいと考えていました。実際に、ある学校から常勤講師としての内定をいただいていたのですが、4年生の2月ごろ、その話が突然なくなってしまいました。就職については牛原監督に面倒を見ていただいていましたが、その内定があったため、ほかからのお誘いはすべてお断りしていました。正直なところ、「これからどうすればいいのか」とほんとうに途方に暮れました。
ただ、ちょうどそのタイミングで、牛原監督と鎮西高(熊本)の宮迫竜司コーチのお父様が福岡大学の同級生というご縁もあり、仕事のお誘いをいただきました。そのご縁に導かれるようなかたちで、結果的に5年間、サラリーマンとして働くことになります。慣れない環境で、苦手なパソコン作業にも向き合いながらの日々でしたが(笑) 今振り返ると、その社会人としての5年間は、いずれ来るであろう指導者としてのスタートに向けて、思いきって助走をつけることができた時間だったと感じています。
27歳になってやはり教職員を目指したいと大賀先生を訪ねたところ、豊田充浩先生(東山高〔京都〕)からコーチのお誘いの電話がかかってきたんです。これが運命でした。大賀先生と豊田先生は日本体大の先輩後輩で、私が高校生のときから東山高、広工大高(広島工大〔広島〕)、開新高(熊本)とよく練習試合をしていて、そのご縁がありました。
当時の豊田先生を「日本一厳しい監督」と自分勝手に思い込んでいたので、「ほんとうにあのチームに行くのか」と正直少し身構えたのを覚えています(笑) ただ、実際にご指導いただく中で、レシーブの極意をはじめ、競技の本質を徹底的にたたき込んでいただきました。技術だけでなく、物事への向き合い方、人としての在り方まで教えてもらったと思っています。
豊田先生がよく口にされていた言葉に、「人脈は財産だ」というものがあります。まさにその言葉どおり、全国の強豪校の先生方とのつながりを大切にされ、その背中を間近で見せてもらいました。その人との縁が、今の自分につながっていると感じています。
そうした意味でも、豊田先生にはほんとうに感謝しており、今では足を向けて寝られないほどです。今回の優勝報告もすぐにさせていただき、「立派! よくやった!」と声をかけていただきました。やっと、少しだけ先生に近づけたと感じられたことが、何よりうれしいです。
東山高の豊田監督
――東山高では何年間コーチをされましたか?
武者修行のつもりで京都へ行ったので、当初はそんなに長くやるつもりはありませんでした。3年ほどのつもりが結果的に5年になり、ちょうど私がバレー部の現場を離れるころ、髙橋藍(サントリー)が中学3年生でした。兄の塁(サントリー)を預かっていたこともあり、よく一緒にバレーボールをしたり、練習に出向いて指導したりする中で成長を見ていました。
その中で、藍のお母様から「うちの息子は今後、どうなっていきますか?」と聞かれました。レシーブがとても魅力的で、性格も素晴らしい選手だという印象が強く、当時は180㎝に満たない体格でしたが、「身長が同じくらいまで伸びたら、日本代表になると思います」とお伝えしました。結果的に、ほんとうにその通りになりましたね(当時、髙橋藍の指導者は千代裕介監督〔東山高出身〕)。
その後の5年間は、京都の東山中学校でサッカーを指導しました。
――サッカー部の顧問をできる先生がいなかったのですか?
たまたまその時期に、イビチャ・オシム監督(元日本代表監督)と関わりのあった先生が近くにいらっしゃいました。福岡に帰る前に、バレーボール以外で、できれば世界的に競技人口も多く、評価されているスポーツの現場や流儀、指導者の考え方を学びたいと考えていたので、その先生のもとで学ばせていただくことを選びました。
競技が違えば、指導の考え方や価値観も大きく異なります。特にサッカーは、選手の判断や発想に委ねられる自由度が高く、日本のサッカーがここまで強く、そして国民的な人気を得るまでの過程を、現場を通して学べたことは非常に大きな経験でした。
決して強いチームではありませんでしたが、約70チームが参加する京都市の大会で3位に入り、勢いのまま京都府大会でも5位まで進むことができました。サッカーの専門知識はほとんどありませんでしたが、当時は気合いと根性で何とか(笑)
――違うスポーツからバレーに落とし込めることはありましたか?
ありましたね。「ブラザーシステム」(※)はそのあたりから生まれていると思います。
※ 3学年を3人一組で「兄弟」とし、練習や学校生活で上級生が面倒を見る取り組み
学年の垣根を超えた強い絆もチームの魅力
中学生年代の選手は思春期を迎え、他者との関わり方を誤ったまま成長すると、その後の人生にも影響を及ぼすことがあります。そこで導入しているのが、確かなメソッドに基づくブラザーシステムです。兄弟制を敷くことで、キャプテンや幹部の負担やストレスを軽減しつつ、選手同士の思いやる力・認める力・褒める力といった、関心を向ける力を育むことができます。このシステムにより、選手全員が互いの成長を実感でき、チーム全体の底上げにつながりました。
さらにその成果を発展させ、スタッフと選手、または選手同士のコミュニケーション、コンディショニングの分析を助けるツール(アプリ)の導入、そして高校バレー界では珍しいメンタルコーチの雇用などに取り組むことで、実際の活動を通じて「最後は気持ち」を強化するかたちへとつながっていると感じています。
単に技術や戦術の向上に留めず、選手一人ひとりが自分自身を理解し、互いに支え合いながら成長できるチーム文化の創造を目標に、今後もさらにアップデートを重ねていきたいと考えています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
コーチとして母校に戻り、2年目となった2023年には10年ぶりにインターハイに出場。その後は全国大会には届かなかったが、今回ようやく春高への道を切り開いた。そして抽選の結果、福岡大附大濠高、東山高がともに勝ち上がれば3回戦で戦う組み合わせに。コートで戦う選手だけでなく、ベンチにも熱い物語は隠されている。
福岡大附大濠高の春高初戦(2回戦)
1月7日(水)Cコート第3試合(12時10分開始予定)
vs.足利大附高(栃木)or小松大谷高(石川)の勝者
月刊バレーボール2026年1月号は春高特集。
全選手掲載の選手名鑑付録が付いている月刊バレーボール2026年1月号をぜひご購入ください

■福岡大附大濠高が15年ぶりの春高へ 予選での多彩な攻撃にも満足せず前園洋行監督は「まだできることがある」【インタビュー(前編)】
■さくらVOLLEY王者の清風高が目指す完成度の高い戦い 山口誠監督「練習したことを出しきる大会に」
■ダントツ1位は鎮西高の一ノ瀬漣!【春の高校バレー出場チームのキャプテンに聞いた「高校生ですごい!と思う選手は誰?」(男子編)】
■全国三冠を目指す鎮西高の一ノ瀬漣ら春高で必見の男子10人【春高2026(男子)】
【次ページ】JVA 第78回全日本高等学校選手権大会(春の高校バレー2026)男子トーナメント表



























