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SVリーグ2024-25

畑野久雄監督の右腕・宮迫竜司コーチが語る「鎮西バレー」の正体 「鎮西はよく『エースバレー』と言われるけど…」【インタビュー後編】

  • 高校生
  • 2025.09.12

島根県を舞台に728日(月)~81日(金)に行われたインターハイ(男子)で、4年ぶりの頂点に輝いた鎮西高(熊本)。就任51年目の畑野久雄監督を支えてきた宮迫竜司コーチによるインタビュー後編をお届けする。自身も鎮西高で夢を追い、そして指導者になったから今だからこそわかる「鎮西バレー」の真髄を語った

 

 

選手、そしてコーチとして畑野久雄監督(右)のもとで戦ってきた宮迫竜司コーチ

 

 

――宮迫コーチは福岡大を卒業後に指導者になりました。就任当初と変化はありますか?

 だいぶ変わりますね。福岡大学の牛原信次監督と進路の話をしていて、Vリーグ(現SVリーグ)でプレーすることがほとんど決まっていたんですけど、畑野先生(久雄監督)からの言葉もあって急遽卒業後に鎮西でコーチをすることになりました。当時は大学を卒業してすぐで、右も左もわからない状態。1年目は(全国大会で)全部すぐに負けて、「宮迫がコーチで戻ってきても何も変わらない」という声もちらほらいただきましたが、「心の中で見とけよ」と思っていました。新チームになるときに、自分の性格に似た部分のある西田(寛基、現サントリーマネージャー)がキャプテンでいてくれたのは、当時の私にとってとても心強かったです。

 

 コーチで戻った当時の九州では、ヒガシ(東福岡高〔福岡〕)や大村(工高〔長崎〕)が強くて。鍬田(憲伸〔サントリー〕)たちがいた代の(2017年の)インターハイで初めて日本一になったときに、いろいろな指導者の方に冗談交じりに「調子に乗るなよ」と言われました。そのときに「このままの調子でやります」と言ったのがなつかしく感じます。

 

 自分自身も勝負事が好きなんだと思います。指導者もいろいろな方がいますが、年齢はあまり関係ないと思います。生徒から見れば指導者は指導者なので。若手の指導者に対して「まだまだ経験がないから…」などと言われることもありますが、逆に経験がないからこそ思いきってできる場面もあると思います。

 

 私と同世代の指導者の方は、学校の雑務もありますし、現場でいろいろと大変なことが起こる中でも、模索しながら一生懸命毎日生徒と向き合って指導されている方もいますよね。そういった方々も自分の時間を割いて指導しているということは、バレー界としても忘れてはならないことだと思います。

 

――選手との向き合い方は変わってきていますか?

 コーチとして心がけていることは、生徒とできるだけ時間を共有すること。毎日朝練から選手の顔を見たり、会話をしていると、表情の違いでその子の空気感の変化がわかることがあります。まあ、だからと言って特別優しい言葉はかけませんが(笑)

 

 勘違いされることもありますが、高校と大学とSVリーグは別物です。高校のカテゴリーの選手はまだまだ精神的に大人にはなりきれておらず、バレーだけでなくいろいろな面で失敗もたくさんします。15歳から18歳の年代はバレーがすべてではなく、社会に出る準備もしなければなりませんし、高校生としてのナイーブな部分もあるので、繊細に向き合わなければいけません。バレーを通して、いかに人間的に成長していくのかが大事です。

 

 学校生活も含めて朝から晩まで一緒に過ごしていればいろんなことがあるし、バレーをやっているときには見えない顔もあります。今は教員の勤務時間の関係で高校部活でも外部指導員の方が増えていますが、年頃の生徒の学校での姿を知らずに指導しないといけないのは、相当難しいと思います。学校での顔も見ながらバレーにつなげていく。そこを含めて正しい道に導いてあげるのが高校部活の指導者だと思っています。だからこそ、普段の生徒の様子をよく見ておくことが大切だと感じています。

 

 

2013年からコンビを組む畑野監督(右)と宮迫コーチ

 

 

 最近では、宮浦(健人)や水町泰杜(ともにWD名古屋)といった日本代表の卒業生もいますが、指導者はただ彼らの成長のサポートをしただけであって、自分が育てた、という感覚はまったくありません。彼らが頑張ったからこそ今の立ち位置があると思います。指導者ではなく、選手に光が当たるようにすることが、指導者の役目だと考えています。

 

 そういった生徒への思いが出てくるのは、私自身が母を病気で18歳のころに亡くしていることからきているのかもしれません。中学3年で福岡から出てきて、鎮西にきたときに病気になってしまって。高校3年のときに一度治って、インターハイも春高も応援に来てくれました。大学では福岡に戻りましたが、そこから2ヵ月で再発してしまって。その影響もあってか、選手にはよく「自分の親は大切にしなさい」という話をしています。

 

――1年生時から試合に出ている選手が多い今の3年生に対しては、より成長が感じられるのではないですか?

 1年生のころと比べると、技術はもちろんですが、人としても少しずつ大人になってきていると思います。入学時から試合に出ていた岩下(将大)や西原(涼瑛)はもちろんですが、今のチームは、試合に出ていない3年生が裏方の仕事をしてくれたり、雑用等も文句を言わずにやってくれています。そういった人が嫌がる仕事を文句を言わずにしている姿を12年生には見習ってほしいです。

 

 今の鎮西のバレー部は、熊本出身の子も相当な覚悟を持って入ってくれていて、県外の子たちも鎮西で日本一になりたい、夢をかなえたいという思いで来てくれています。県内外問わず、一度預かった生徒には大きな責任があります。特に今年のチームは、最低でも1回は日本一を取らせないといけないという責任やプレッシャーはすごくありました。次の国スポ、春高は簡単にはいかないと思っています。しっかりと準備をして、ベストを尽くしたいと思っています。

 

――OBの鍬田憲伸(サントリー)選手、水町選手、舛本颯真(中央大3年)選手らに憧れて、近年は県外からもエースが鎮西高を志している印象はあります

 鍬田、水町がいたころにインターハイ、春高で日本一を獲った(ともに2017年度)影響はとても大きいと思いますが、熊本地震の影響でいちばん練習ができなかったのは宮浦の代(2016年度)です。練習環境が悪い中で鎮西の伝統を守ってくれたので、そのあとの後輩の成果につながったのだと思います。

 

 

現役選手の中で入学のきっかけにした者も多い2017年度の春高優勝。多くの先輩たちが歴史をつないできた

 

 

 また自分も福岡出身ですが、鎮西に来るときは相当な覚悟でした。その分、中学校の恩師の平田健一先生(現・新宮中校長)にはご迷惑をおかけしましたが、覚悟は違ったと思います。今の生徒も覚悟を決めて来てくれていると感じます。

 

――今年で就任51年目、そして80歳。間近で感じる畑野監督のすごさはいかがでしょうか?

 80歳になっても勝負を楽しんでいるというか、バレーに対する情熱がすごいです。畑野先生はミスに厳しいと言われるじゃないですか。指導者の中には「ミスはしかたがない」という声もありますが、試合ではミスをした時点で相手に1点が入るわけですから。だからこそ、ミスをしない努力は練習のときからしないといけないと思います。その1点でチームが負けるかもしれないし、試合に出たくても出られない人もいるわけなので。それが畑野先生も言われる、チームスポーツをするうえでのコートに入る選手の責任ではないかと思います。

 

――ミスに対する話は、宮迫コーチも現役時代によくされましたか?

 それはもちろんです。「ミスしたらいかん」「ミスするチームはダメだ」と言われました。だから、各自が練習からミスをしない準備をするべきだと思います。例えばスパイク練習でネットを触ったときに、タッチネットをしたと思うのか、それとも「練習だからまあ、いっか」と思うか。これは意識が全然違うじゃないですか。たまに、練習でタッチネットをしながらガーンと打ち込む選手がいますよね。でも、それは何の意味もないと思います。

 

――チームのモットーである「当たり前のことを当たり前に」という言葉は指導者になってとらえ方は変わりましたか? 

 これほど難しいことはないと感じています。サーブレシーブを返す、トスを上げる、しっかり高さを出してスパイクを打つ。シンプルだけど、その精度を上げ続けるのは難しいと思います。でも、生徒たちにはバレーボールが完璧でないと日本一にはなれないという話をしていて。日本一になるには隙のないバレーをしないと勝てないです。常にチームに「満足」という言葉はないと思います。

 

 

選手たちは緊張感の高い練習で己と向き合う(写真は一ノ瀬漣)

 

 

――畑野監督が選手たちに指摘するなかで、宮迫コーチはどんな助言をするのですか?

 僕も言いますよ(笑) ミスを流すことはあまり好きではないので、「今のはダメやろ」「そのミスで、積み上げてきたものが全部終わるよ」という話はします。

 

 コーチの立場としては、いろいろな組織を見ていてもNo.2の役割は大事だと思います。コーチだったらバレーの指導はもちろん、チームの管理、事務手続き、生徒募集、進路指導など、ある程度は何でもできないといけない。それに畑野先生が考えられていることを選手に単刀直入に言うのではなくて、言葉をチョイスして考えさせるように言うこともあります。ただ、それは私自身が信頼する恩師であり、上司の畑野先生がいるからこそできることです。身を粉にして(働く)、というわけではないですけど、これからも畑野先生のもとで学びながら指導をしたい、そして共に勝ちたいと常に思っています。

 

――そういったバレーへの取り組みもあり、鎮西高への注目が年々高まっているように感じます

何もないところから、畑野先生ご自身がいろいろなことを犠牲にされて積み上げてきたものがあるので、鎮西を応援してくれている人が多いと思います。鎮西のバレーはよく「エースバレー」と言われますけど、「信念のあるバレー」だと思っています。ポカ(ミス)をせずに、練習では一つ一つのプレーを突き詰めていく。畑野先生がよく言われる「スピード、パワー、高さ」はシンプルですけど、すべてを手に入れるには相当な努力が必要です。人間的にもできていないと、そこまでの追求はできないです。

 

 その信念の貫き方が多分、応援してくれる人からすると感情が入り込む要素なのかな、と思います。畑野先生の考え方は、言葉では表現できないくらい深みがあって、50年以上信念を持ってやられているからこそ、畑野先生の鎮西バレーに魅力があるのだと思います。

 

――これから国スポ、春高と続きます。皆さんが納得する日はくるのでしょうか?

 納得しないでしょうね。でも、そうやってどんどん高みを見て、次の目標達成を目指していくことが生徒も私も成長につながると思います。現状に満足せず、これからも毎日コツコツやっていきます。

 

 

インターハイで一つ目のタイトルを手にし、次は9月28日(日)から始まる国スポに臨む

 

 

宮迫竜司

みやさこ・りゅうじ/1991826日生まれ/鎮西高福岡大/現役時代のポジションはライトで主将

福岡大を卒業し、2013年に母校である鎮西高のコーチに就任。今回のインターハイの優勝で、指導者として5度目の日本一を経験した

 

取材/田中風太(編集部)

写真/山岡邦彦(NBP)、編集部

 

9月12日(金)発売の月刊バレーボール10月号では、選手たちの対談などを通して、鎮西高のインターハイ優勝までの道を振り返ります

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