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「みんなで春高で会おう」牛田音羽(就実高)、竹内絢音(京都橘高)、水田愛弓(豊川高)、…。T碧南のジュニア出身者が最後にかなえた約束

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アイシンティルマーレ碧南のジュニアチーム出身の面々が春高で対戦することに

 

 バレーボールの「第78回全日本高等学校選手権大会」(春高)が111日に閉幕。出場した高校3年生たちはこの大会をもって高校での競技生活に区切りをつけた。そんななか、この晴れ舞台で約束をかなえた面々がいた。

 

 ことの始まりは昨年1130日に実施された、春高本戦の抽選会。女子の抽選が佳境を迎えたころ、2回戦でシードの就実高(岡山)と戦う1回戦の2枠が空いていた。対象は近畿ブロックと東海ブロック。まずは近畿ブロックから京都橘高(京都)が決まった。

 「周りに『これはフラグだ。対戦があるんじゃないかな』と話していました。正直、いちばんやりたくない相手といいますか…。決まったときは、うわぁ、と思いました」

 そう明かすのは京都橘高の竹内絢音キャプテン。やがて1回戦の相手に東海ブロックから豊川高(愛知)が入ることに。竹内と対照的に、覚悟を決めていたのは豊川高の水田愛弓キャプテンだ。

 「『うわ、案の定きた!!』と思いました。京都橘が先に決まって、その先には就実がいる。そこに入るだろうな、と予感していました」

 

 組み合わせが決まった。京都橘高と豊川高の勝者が、就実高と対戦する。その事実に就実高の牛田音羽は驚いた。

 「どちらがきてほしくない、といった思いはありませんでした。ただ、最後に豊川が入ってきたので、おぉー、とびっくりしましたね。こうやって高校3年目の最後に、主力として戦っていた3人が当たる組み合わせになるなんて」

 

 竹内、水田、牛田。この3人はいずれも中学時代に愛知のクラブチーム「Tealmare Jr. OCEAN WINS」でプレーしていた間柄だった。その名のとおり、Vリーグ男子のアイシンティルマーレ碧南が運営する女子のジュニアチームであり、彼女たちは10期生にあたる。その面々が卒団後は各地の実力校に進学し、春高であいまみえることになったというわけだ。水田はほほえむ。

 「卒業するときに、特に仲がよかったこのメンバーで『みんなで春高で会おうね』と言っていたんです。こうしてトーナメントで固まることになり、『高校生活最後に対戦だね』と連絡し合いました」

 

 

大会の一回戦にて豊川高(コート奥)と京都橘高(手前)がさっそく対戦。2人が健闘を誓い合う

 

 

竹内と水田がキャプテンどうしで握手をかわした1回戦

 

 15日、1回戦。東京体育館(東京)のDコートではさっそく京都橘高と豊川高がぶつかった。

 「練習試合は昨年の春頃にありましたが、それ以降はなくて、公式戦では初めての対戦でした。高校生になって会う回数も減っていましたし、連絡はするけれど対面は久しぶり。私はうれしかったですが、向こうはどう思っているんでしょう…」

 そんな竹内の思いは杞憂だった。試合前に竹内と水田はキャプテンどうしでコイントスに臨む。

 「面と向かっても、いつもどおりです。ただコイントスから、めっちゃ強く手を握りました(笑) 『お願いします!!』と」(水田)

 

 試合は3年ぶり2度目の出場となった豊川高が、こちらは5年連続28回目の春高となる伝統校・京都橘高に挑む構図に。第1セットを落とし、第2セットも8-24と窮地に立たされた豊川高だったが、そこで水田がアタックでサイドアウトを奪うと、自らにサーブ順が回ってきた。「後悔したくなかったので。どういう結果になろうと攻めにいくサーブを打つと決めていました」と心してエンドラインに。相手コートには、竹内がリベロとして立っていた。

 「(竹内)絢音がうまいのはわかっていましたから。試合中は崩したい気持ちもありましたが、レシーブを上げられてもムキにならないことを心がけていました。できればアタックもサーブも絢音以外を狙って得点するんだと。さすがに最後も、狙うことはしませんでしたが」

 

 水田の放ったサーブは竹内とは別のレシーバーが拾い上げ、そこから京都橘があざやかに得点した。

 「試合中も確実に私のほうに打ってくるだろう、とは思っていました。実際に打ってきたときは、『拾うしかない』という一心でしたね。最後のサーブはこっちに打ってくるかなと思いましたが、実際は外してきました。自分に打ってほしかったという思いも…、少しだけ(笑)」

 そう期待をしていた竹内に、敗れて春高を去ることになった水田が試合後の整列からネットをかいくぐり、手を差し出して握手をかわす。その手は、思い返すだけで笑みがこぼれるほどに力強かった。

 「『お疲れさま!!』と。試合には負けてしまいましたが、最後に絢音と戦うことができてよかったですから。もちろん勝利して、次は就実とやりたかった。ですが、この舞台でこんなに強いチームと対戦できて、私は後悔がありません」

 そう話す水田の表情は、晴々としていた。

 

 

竹内(左)と試合後に言葉をかわす水田(右)

 

 

中学時代は気づかなかった牛田の強みを竹内が実感した2回戦

 

 そんな2人の対戦を、あくまでも対戦相手の分析として、それでも「お互いにキャプテンとしてプレーしていたので、少し気になって見ていました」という牛田。翌日の2回戦は就実高にとって大会初戦。京都橘高とは昨夏のインターハイで対戦し、そこでは第1セットを落としながら逆転勝利を収めている。なお、そのときも就実高が決勝トーナメントのシードとして1回戦を勝ち上がった京都橘高とぶつかる、というまるで同じ構図だった。

 「今回こそリベンジを、それに牛田のスパイクは私が全部受ける、くらいの気持ちで臨みたいです」

 そう意気込んでいた竹内だったが、いざ試合ではさらりとかわされる。

 「それほど自分のところへ打ってこなかったので。ただ、やはりアタックはいちばんに高さがありますし、そこからのフェイントと強打の使い分けがとてもうまかった。そこはチームとしても対応に苦しみました」

 

 中学時代、Tealmare Jr. OCEAN WINSでは、竹内がキャプテンそして牛田がエースとして主軸を担っていた。そうして袂を分かち、今度は名門校のキャプテンとエースとして対戦すると、竹内はあらためてその存在を認識したのであった。

 「中学生のときから音羽は身長も高かったですから。ただ、チームメートということもあって、中学時代に大きいなと感じたことはなく、それこそ自分と同じくらいだと思っていたんです(笑) いざ高校が別々になって対戦相手になると、やはり大きいなと感じました。それに中学のころから比べるとレシーブがとてもうまくなっていました。でかいのにすごいな、と思いましたね」

 

 試合は京都橘が粘りを見せたものの、2セットとも20点台へ到達させないほどの完勝を就実高が収めた。

 「それでも全員が最後まで下を向かずに元気よく戦えたのはよかったです。就実は後輩にもOCEAN WINSのメンバーがいますから。個人的には応援したいですし、日本一を獲ってほしいなと願っています」

 3年前にTealmare Jr. OCEAN WINSを常に笑顔で率いたキャプテンは、そうエールを送って高校生活最後の春高を戦い終えた。

 

 

インターハイのリベンジは果たせずとも、エールを送った①竹内

 

【次ページ】高校生活最後の春高を終えて、それぞれが口にした感謝の気持ち

就実高の③牛田がネット越しに見つめるは、かつてのチームメートか

 

 

高校生活最後の春高を終えて、それぞれが口にした感謝の気持ち

 

 「中学3年間を一緒の仲間で戦ってきて、こうして高校は別々になったわけですが、それでも最後に対戦できたことがとてもうれしいですし、ありがたいことだと思います」

 京都橘高との試合を終えて、牛田はそう語った。Tealmare Jr. OCEAN WINSの仲間たちとこうして戦えたこと。そこには必ず勝敗があったわけだが、それでも彼女たちは喜びと、そして感謝をかみ締めていた。竹内は言う。

 「お互いが高校でも頑張り合っていたからこそ、こういう機会が実現したと思うんです。頑張ってきた証しであり、その成果をこの春高でぶつけ合うことができた。それは今まで支えてくださった指導者や保護者の方々のおかげだと思うので。いろんな人たちに感謝したいです」

 

 その思いは水田も同じだった。

 OCEAN WINSで学んだのは、感謝の気持ちでバレーボールと向き合うことです。こうして自分が東京体育館に来られたのもそうですし、ユニフォームが着られたことも、そもそもバレーボールができていることも、たくさんの方々に支えられているからこそだ、とずっと教えてもらってきたので。それは高校バレーが最後になった今も、感じることができています」

 

 中学時代は日本一を目指し、チームメートどうしで切磋琢磨していた。そこでの学びを胸に、彼女たちは春高という晴れ舞台を駆け抜けたのである。

 そして、その3人の姿を東京体育館で見つめている人物がいた。

 「この春高で自分たちの学年が引退となるのはわかっていましたし、絶対に勝ち負けがあるのが試合ですから。一人ずつ引退していく現実を見て、私もほんとうに引退するんだと実感が湧いてきました。自分のチームを応援するとともに、みんなのことを応援していました」

 

 

中学3年生時、Tealmare Jr. OCEAN WINSの10期生としてプレーした竹内(左端)たち

 

 

「みんなと戦えたらいいなと思ったけれど、できれば戦いたくなかったかも」

 

 16日、大会2日目。東京体育館のAコートでは三重高(三重)が金蘭会高(大阪)との2回戦に臨み、敗れる結果に終わっていた。そのスタンドで、チームに声援を送っていたのが3年生の田島萌。中学時代の所属先はTealmare Jr. OCEAN WINS。そう、水田が話していた「特に仲がよかったメンバー」の、最後の1人である。

 

 竹内や牛田らとともにプレーに励み、卒団後は三重高へ進学。水田とは高校2年生時に対戦機会もあった。

 「以前は仲間だったのに、高校ではネットの反対側にいて寂しい気持ちもありました。ですが、高校で自分がどれだけできるようになったかを見せたいと思うと、ワクワクもしましたね。

 私たち4人はOCEAN WINSでも練習中からたくさん意見を言い合っていた仲なんです。それにチーム内でぶつかったり、悩みが出たときに意見を集めるのが、この4人。高校に進んでからも、ときには相談したり、連絡してバカを言ってふざけたりもできる。とてもいいチームメートでした」

 

 最後の春高でトーナメントの組み合わせが決まったとき、いざ本番で3人が戦い、勝ち上がり、敗れ去る−−、その様子を想像すれば田島は複雑な思いにも駆られた。

 「私も春高でみんなと戦えたらいいなと思ったけれど、できれば戦いたくなかったかもしれません。それで引退が決まってしまうので。少し寂しいな…、と思いました」

 

 ただ、もし仮に対戦が決まったとしていたら、田島は別の感情を覚えていたかもしれない。中学時代から抱えていたケガを高校1年目に再発し、2年生時に手術を決断。けれども復帰してからパフォーマンスを取り戻すことができず、最後の春高で出場登録メンバー入りはかなわなかったのだ。

 「メンバーに入れないと決まったときはとても悔しかったです。でも最後は自分のためではなく、春高を戦うチームのためにできることをやるしかないと。試合であきらめそうになった場面で、応援席から私が声を出すことで少しでもみんなが救われるのであれば、最後に活が入れられるのならば、頑張ろうと思っていました」

 

 いざ金蘭会高戦では応援のかけ声に、コート上の面々が目をやり、うなずいて応える場面も。コートに立てずとも、田島なりの献身がそこにはあった。

 「私はOCEAN WINS時代もケガが多くて、最後の大会も満足に試合に出られなかったんです。けれども、監督やコーチがそれでもできるメニューを考えてくださったり、チームのみんなは心細い私を励ます声をかけてくれました。そうして自分に今、何ができるかを考えて実行する力は、あのときに身についたと思います。高校でメンバーに入れなくても、あきらめることなく周りのために動くことができた。それはOCEAN WINSでの経験が生きました」

 みんなで春高で会おう。その約束が実現したとき、彼女たち4人は中学時代に身につけた学びと培ったきずなをいっそう、実感していたのであった。

 

 

田島は自分のやるべきことを春高の舞台でまっとうしてみせた

 

(文・写真/坂口功将)

 

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【ギャラリー】約束の春高へ。高校生活最後の舞台を戦った竹内や牛田らTealmare Jr. OCEAN WINSの面々

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